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自分を見失わぬように

季節の変わり目。終わりが近い四連休。迫る台風。
気分あがらねえなあ。

どうもご無沙汰しています。更新する時は、いつだってしてるよな、ご無沙汰。
退屈ですね。
季節の変わり目。終わりが近い四連休。迫る台風。
気分あがらねえなあ。これはもうずっと言ってるよな、ブログ続けていた頃から。本当にずっと。
どうなったら退屈じゃないと思えるんだろうな。それ、考えたことなかったかもしれない。

連休前かな。
ふと、パンク聴きたいなあ、と。
だけど、これと言って聴きたい目星もなく、インターネットを彷徨って、ああこれ聴いてなかったな。と、辿り着いたAGAINST ME!の2016年に出ていたアルバム。それを買った。
で、頭を抱えた。何でこれを手に入れていなかったのか、と。やっぱりこれなんだよ、と。
個人的に6〜9曲辺りが好きで、特に9曲目。この声が聴きたかったんだよ!なんて、大いにあがった。

手にしてよかった。
季節の変わり目。終わりが近い四連休。迫る台風。
気分あがらねえなあ。
なんてクソになりそうな、そんな日々の前に。
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レコードだけは続いているよな

ふと、思うことがある。
僕は本当に何もかも中途半端で、何も身についていないのではないか、と。
継続は力なり。
つまんねえなあ、そう思うのは、何かを継続しようとしないから、なのではなかろうか。
ということが、ふと頭に浮かぶ。
よく、の方が正しいか。
何も残らないなあ。今の自分であることをやめる、という選択肢を考えた時、何もないなあ。
って、働き始めてからずっと思っているわけです。
思っている、ということを継続しても何の力にもならねえなあ。


今聴いているレコード
does it float/everything is lonely


ブラジリアのない銀座、なのだよ

田舎の我が町も新型コロナウイルス感染症の影響は少なからず受けていて。
個人的に一番影響の大きかったことが、サウナ。サウナだけでなく、温泉施設自体も休業。心身を整える術を失った一ヶ月。ようやく温泉施設も再開、と思いきや。サウナは利用禁止。
浮かぶタイトル。ブラジリアのない銀座。そう。サウナのない温泉施設など、ブラジリアのない銀座なのですよ。
わかる。久しぶりに入る温泉。確かに気持ちいいだろうな。が、見える。上滑りしていく温泉の気持ち良さが。

サウナのない温泉施設かあ…

なのだよ。

消えて欲しいのは君なんだよ

Kindle unlimitedで伊坂幸太郎のガラスホッパーがあったもんだから、読み返してみようかと読み始めて。気付いたら、マリアビートル、AXまで読み返していた。
以前読んだはずなのに、全く内容を覚えていないのは何故なのか。今回に限ったことではなく、読んできた本のほとんどことごとくを忘れている。
もっと言うと、数分前に読んだはずの数行すら覚えていない。ふと立ち止まり、読み返して、愕然とする。読んだはずなのに、初読に近いぞ!と。
僕の場合、本を読んでいる、というのは正しくないのかもしれない。文字を読んで、気を紛らわしている。これが正しいのではなかろうか、と最近思い始めている。だとすれば、クソすぎるよなあ。
次から次へと目を通し、次から次へと忘却の彼方へと消えて行く読んだはずの文章。その一方で、いつまでも頭の中から消えてなくならないクソやろうのクソみたいな発言。
なぜ消えないのか。ふと頭の中に湧き、その度にハラワタが煮え繰り返る。
いらないなあ。本当にいらない。そう思いつつも、湧いてくるのは何故なのか。
不機嫌は遺憾、そう思ってはいるものの、それを遥かに量がするクソのクソぶり。
わかってる。自らのマインドを変えれば万事オッケイ。そんなことはわかっている。けれど、クソが普通にクソみたいなことをしている現実はやはり許せねえよなあ!なんて、そっちの思いが勝ってしまう現実。

消えてくれよ。消えて、本を読むことに没頭させてくれよ。
なんて書いて消えたら楽なのにね。
今日も大して頭に入ってこないけれど、本を読んで寝ようかね。おやすみなさい。

ダンスはやめないし、やめられない。

未だに考えはまとまっていないけれど、薄れないうちに、忘れないうちに。
(忘れるというのは、とてもshitなことだよなあ)

2月22日土曜日。飯田のライブイベントで、転換時の音楽を選らばせてもらった。
当初、十代~二十代前半の頃に影響を受けた曲と最近聴いている曲をクロスオーバーさせよう、なんて考えていた。十代~二十代前半の頃に影響を受けた音源を引っ張り出して聴く、なんてことをしているうちに面倒くさくなり、結果、好きな曲を詰め込むという相変わらずのスタイルに落ち着いた。
けれど、引っ張り出して聴いた曲も有効に散りばめることにした。改めて、とてもカッコいい曲を聴いていたんだなあ、と思うのと同時、当時の気持ちを思い出し、拳を握っていた。
そんな中でも、やはりDASHBOARDは別格で、このバンドにのめり込んだから今の自分があるんだよなあ、なんて再確認をしてみたり。
そんなわけで、2月22日土曜日には、飯田キャンバスで、DASHBOARDの曲をどデカい音で聴くことができた。渋谷ギグアンで見たDASHBOARDのライブを思い出し、あの当時の興奮を感じた(渋谷ギグアンのライブで竹内さんに声をかけられていなければ、今の僕はいないだろう)。
その一か月後、突然のショウジさんの訃報。信じられなかった。これが現実なわけないだろう。そう思うことしかできなかった。
何年前に会ったか思い出せないし、会っても、お互いそんなに喋る方でなかったので、会話の記憶もないけれど、そんなこと関係なく、とにかく受け入れることができなかった。
信じることのできないまま、告別式の前日に行くことを決め、神奈川へ。いつもそうだったよな。僕は計画性よりも衝動と直感。出不精な僕を突き動かすのは、計画ではなくその2つ。相変わらずだよなあ、と思いつつ、4時間かけ告別式へ。
告別式の1時間前以上に着いてしまい、やることがなく、トイレへ行きがてら、とりあえず会場へ。会場に写真だとかレコードだとかベースが置いてあって、少しだけ湧いてくる現実味。
トイレを済ませ、それでも時間があったので、喪服で街をフラフラ。ただ、